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Moscow 第44回 キッズクラス
土曜日。
月~金まで出ずっぱりを続けると、1~2℃の寒さに耐える体力等々、ちょっと休みたくなる。

今日はカーチャとカロメンスカヤ公園へ行く約束をしていた。モスクワ川に沿って広大に広がる公園は雨も降りしきりとーっても寒かったけれど、広い広い敷地を移築された教会や昔ながらの家を観ながらひたすら歩き続ける。これはまた別記事で。
リンゴのなっている木、誰かが皮をむいて食べた後、飼い主不明の犬や結婚式の写真撮影などを横目に歩き、最後にブリヌイを食べにショッピングモールへ行くことにした。
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日本でいうゲーセンもあり、見覚えのある光景が広がっていた。でも、こちらは完全に子供向け、という感じ。
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■ブリヌイのファーストフード店「тремок」
今日のカーチャおすすめのブリヌイ「イーヤモルメッツ」
牛肉、ビーツのソースなどガッツリ系。ウハとセットで。美味しかった。これからここではこれを食べよう、と思った。
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驚いたのは、コンタクトレンズの自販機。そこまで自由に買えちゃうのか!ロシアにはよくありますよ、とカーチャ。
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その後、ちょうどキッズクラスの時間に間に合うタイミングで解散。
前回、「ヤポーニカ!!」と連呼されて何となくうんざりしてしまい(笑)あの元気少年たちがまた全力で飛び掛かってくるのかしら…と思って気が引けていたけれど、結局自然と足が向いて道場へ。

着いてみたら、今日はいつものはっちゃけメンバーがいなかった。
少ない日は3人の時もあるけれど、なんだかんだいつも弾けメンツが一人はいた。今日は、「マキーコ」とちゃんと名前を呼んでくれるおっとりした男の子と、いつも土曜にお父さんとやってくるデミアン、もう2人の小さな男の子と、3~4歳くらいの女の子が、それぞれの父親とやってきていた。

クラスの内容も終始穏やか。
そしてついに、私はキッズチームに入ることになった(笑)
あまり考えたことはなかったが、私は子ども達と同じ背丈のため、大人チームに入るといつもはっちゃけ一味の標的になっていた。子どもとはいえ、馬鹿力で前へ進めまいと引っ張られるのを、(えーと、システマ的にどうしたら…)とか考えたところで、自分の力量にも体格的にも限界があった。2人も3人もかかってくるからたまったもんじゃない。
それだけに、ミカエルも「キッズクラスに出るのはハラショー」といっているけれど、それを活かしきれていない感じがして、かえってカームさを失ってるだけじゃないか、という思いがあった。子どもも変に興奮するわ、自分もいまいち、この今の状態は一体練習になっているのか、と。もちろん汗をかいてハッスルので動いたぞという気分にもなるし、毎回発見があるので参加しているのだが。

そんな折、今日は「子どもたちを助けてあげて」とアレクセイに言われて、(いよいよか…)と思った。
しかし、冷静にあのメンツをみたら大人チームに入る意義こそ考えてしまう。
父親たちは、皆、1人の体幹が私3人分くらいある。これは大袈裟ではない。地の身体が練り上げられ、かつただ太っているとかではなく、物凄く太いのだ。子供たちが暴れようが引っ張ろうが、多少動きは止まっても堪えることはない。そこに私が混じったら、それは子ども達の数人は、止められそうな人間に向かってくるわけだ(気づくのが遅い)。上から様子を眺めていて、初めて気づいた。

この時のワークは大人が匍匐前進で向かい側の壁へ向かい、子供たちがそれを阻む、というものだった。不意にアレクセイの子どもへの指示が耳に飛び込んできた。

「ノペルジーニ」「マッサージ」

この2言が数回聞こえた。そうか。このワークはそうやって説明してたのか。恐らくだが、「大人達の身体の中で、緊張している部分をマッサージしてあげなさい」と言っていたのではないかと思う。なるほど。

最も大きなグリーシャの背中が空いていたので、前に進もうと緊張している部分…腰辺りを押さえたところ、別の子供に肩も抑えられていたグリーシャはなかなか動かなくなった。そうか、そうだったのか。ただ、他の大人に同じことをやろうとしても、激しく体を左右に振られたりして押さえ続けることができなかった。それはテンションをもってしてグラグラ動いているので、疲れて長続きはしない。放っておくとそのうち休憩し、また進み…という具合だ。
こういう時、ミカエルだったら指一本か立ち位置だけで動きを止めてしまうのだろうなあ、と思いながら、ケガをしても危ないので少し離れて眺めていた。こうしてみるとロシア人の大人の男性は、まじまじと見るのはシステマの人くらいだけれども、本当に大きい。巨漢という言葉がふさわしい。オランダ人も縦にかなり長かったけれど、それとまた少し違う感じだ。

普段から体格差が激しい相手とガップリ四つに組み合って練習はあり得ないと感じている。「じゃあそういう人にはいつまで経っても通じない程度なわけ?」と心の声がする。システマってそういうのは関係ないからいいんじゃないの、と思う自分がいるからだ。
でも、うっかり組んで、本当に「危ないわー」と思った時どうするかといったら、そこから怪我なく通常に戻ることを最優先する。練習相手も、体格の合った人を選ぶようにザイコフスキーも配慮している。私ほど小さい人はいないので、ベストマッチはなかなか難しい。大きいアグレッシブな人を相手にしても、誰にでも同じようにできるようになれたら、それは凄いだろう。
でも、相手や事柄が危険か安全かを判断して生還することができなければ、話は途中で終わってしまう=人生が終わってしまったらやってる意味がない。どっちなんだろう、と時々ぶれる。自分の中のテーマ設定が曖昧だからか。
海外のセミナーに参加した時、自分に見合わない大きな人と組んで痛い目をみて、いつも「ああ、何でこうなっちゃうんだろう。人を見る目がなさすぎる」と悔やむことが多かった。日本でも時々あった。痛いのは嫌だ、とうろうろしているうちに、組む人はいなくなってしまう。誰と組んだらいいのかわからない。その原因がわからなかった。ストレスで相手が見えなくなっていた。

行きたい方向に、生きたい方向に自然にいけるようになったら、(ああ、なんか危ないな、嫌だな。こっちへ行きたいな)と道を選べるようになったら。本当はすぐに誰もができることだけれど、日常の緊張がひどいと、そういう感覚がなくなり、さらに我慢し、気づかないうちに自分を壊していく。仕事中、終業後、過剰にお菓子を食べ、コーヒーを飲み、漫画に没頭し寝不足を繰り返し。ストレスを吐くことだけは自然の摂理で行っていたけれど、ストレスの元に目を向け、抜本的に改革することはしていなかった。
できないと思っていた。満員電車でぐちゃぐちゃになって、職場に着く前にへとへとになり、さらにトラブルが起きて仕事が増えて…働くってそういうことだ、ここはそういう世界だから、仕方がないんだと言い聞かせていた。嫌だいやだと思いながら、嫌だをルーティンワークとして処理していた。
ここは自由なのだ。そこでさえ、自分に制限を設けたら、もったいない。というか意味がわからない。

手をつないで匍匐前進ストップワーク、大人同士でやっても面白いだろうなと思ったけれど、勝ち負けみたいな側面があるので一歩間違えると白熱しすぎてけが人が出かねない。ただ、少数で落ち着いてできる時には、やってみてもいいかもしれない。
匍匐前進しなくても、体勢を変えて2人組で立ったまま相手の身体の緊張を探してプッシュして…的なワークでも代替できそうだが、どうせやるなら、明らかに緊張が出やすい形でやって、マッサージもかねてほぐしてもらうというのがわかりやすそうだ。
その後、少しずつ動きを小さくしていけばよいのだから。

相手の緊張をみつける。ほぐすようにプッシュすることで相手は崩れる。穏やかに。マッサージ。
全部のクラスでいわれていることで、でもいつも、何か1つの側面でしかワークができていない。その時受けたアドバイス、その時の相手、うまくいかない…と迷い込んだりの緊張の影響で。だから波が出るんだろうなあ。

いろいろな形で練習できることが、面白い。


●今日のロシア語

погода(パゴーダ) 天気

(2017.11.11)


[ 2017/11/12 10:11 ]

Moscowでシステマ | コメント(2) |
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コメント
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うまそう・・・
いけふく * URL [編集] [ 2017/11/13 12:35 ]
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むふふ。うまかったじょ。ビーツの色にドキッとしてたら、「これは自然な色です、大丈夫です」とフォローされたよw
すこふく * URL [編集] [ 2017/11/14 06:26 ]
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